大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)2253号・昭43年(ワ)2269号・昭44年(ワ)985号 判決
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〔判決理由〕一、本件土地が原告の所有であること(ただし、乙地の面積については争がある)、原告が昭和二一年八月ごろ右土地を被告滑正人に賃貸したことは当事者間に争いのないところ、原告は右賃貸借契約は材木置場用に一時使用の目的でなされたものであると主張し、被告は堅固もしくは非堅固建物の所有を目的として締結されたものであると争うので、まずこの点について考えるに、<証拠>を総合すると、被告滑正人はかねてより大工の職にあつたものであり、戦前より原告所有の借家の修繕などを引受け、いわゆる出入りの大工として原告と懇意な間柄にあつたところ、昭和二一年八月ごろ建売り用の建物などを建築するかたわら、当時戦災のため荒廃状態にあつた本件土地において製材業を営もうと考えるようになつたことから、早速原告に対しその旨を申し出たが、原告においても、同被告との間に前記のごとき関係があつたことや、本件土地が右のような状態にあつたことなどから快くこれに応ずる旨を答えたこと、その後被告滑正人は、本件土地を整地したうえ、ほどなく主として甲地の部分(甲地のほぼ全部に当る)に木造トタン葺平家建の製材工場、木綿製造工場など三、四棟の建物を建て、製材用・木綿製造用の機械も何台か据え付けて作業を開始するようになつたが、右建物はいずれも、それが製材工場であつたことや、当時の建築事情がよくなかつたことなどから、完全な囲いも具えていない簡粗なものであつたことがそれぞれ認められるのであつて、証人井上正男の証言中右認定に反する部分は採用しがたく、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。しかして、右の事実関係からすると、本件土地の賃貸借契約は、単に材木置場として使用することを目的として結ばれたものではなくて、建物の所有を目的とするものであり、かつ、その建物が製材工場であることや当時社会事情、建築事情などから考えて、非堅固建物の所有を目的とする賃貸借契約であつたと認定するのが相当である。
二、しかるところ昭和三九年三月ごろ、被告滑正人から原告に対し、右甲地上の建物を改築したいからこれを許可してもらいたい旨の申し出をしたこと、その後まもなく、同被告が、原告の快諾を得られないまま右地上建物を取りこわしてその跡にA建物を建築したこと、原告がこれを理由に同被告に対し、甲地につき原告主張のような契約解除の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いのないところ、原告は、A建物は堅固建物であるから、非堅固建物の所有を目的とする本件賃貸借契約上、被告滑正人の右の行為は用法違反に当ると主張し、同被告は、右建物は非堅固建物であるからなんら用法違反には当らないと争うので、次にこの点について検討するに、<証拠>によれば、A建物は南北17.3メートル、東西16.3メートルの長方形のモータープール用建造物で、地面一面にコンクリートを敷きつめ、東西に各五本のあまり太くない鉄製パイプの支柱を設け、これと同様の鉄製パイプによる梁および桁によつて建造物の骨組みを形成していること、右骨組みはボルトの絞めつけによつて固定されているが、支柱の基礎部分は一部中に埋められてその上をコンクリートで固められていること、屋根は切妻型で東西に下り勾配となつており、天蓋はトタン波板葺、一部ビニール波板葺(明かり取りの部分)であるが、建造物の周囲を囲む外壁および建造物内部の障壁は全く存在せず、いわば吹き抜けの状態になつていること、もつとも、A建物の東端線および西端線にほぼ接するような形で、甲地と東西両隣接地との境界線上に高さ約三メートル、長さ約一七メートルのコンクリート製の防火壁が設置されているけれども、右防火壁はA建物とは別個の工作物であることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、建物がいわゆる堅固建物に当るかどうかは、その建物の外力、火災などに対する抵抗力、収去の難易度、建築費などの点からみて、借地法二条一項の例示する「石造、土造、煉瓦造」の建物に類似するかどうかによつて決するのが妥当と考えられるが、このような観点から本件A建物をみてみると、なるほどその骨組みを形成している支柱、梁などの素材が鉄であることは右のとおりであるけれども、それらはいずれも頑丈な鉄骨ではなくてあまり太くない鉄パイプにすぎず、しかも周囲の外壁も内部の障壁もない吹き抜けの建物で、屋根もトタン板とビニール板を葺いただけの簡単な構造のものもであるにすぎないのであるから、これをもつて堅固建物に当るものと認めることはとうていできないといわざるをえない。
もつとも、A建物が堅固建物と認められないからといつて、被告滑正人が右建物を建築したことがなんら用法違反に当らないとは直ちにいうことはできないのであつて、要するに、貸借人が契約によつて定められた使用方法に従つて賃借物を使用収益しないかぎり用法に違反するものといわなければならず、その程度、態様からみて賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するようなものである場合には、それを理由に賃貸借契約を解除することができるのはもとよりというべきところ、原告と被告滑正人との関係の本件賃貸借が、製材工場用の比較的粗末な木造建物の所有を目的とするものであつたことは前記認定のとおりであるのにかかわらず、同被告が老朽化した右建物を撤去してその跡に一面にコンクリートを塗るとともに、その上に右のとおりの構造と規模とを有するA建物を建てたことは、契約によつて定められた当初の使用目的に従つて賃借物たる本件甲地を使用したことにはならないというべきであり(すなわち、被告滑正人としては、当然の権利として甲地上にA建物を建てることができたわけではない)、しかも、<証拠>によれば、右建物の建築に着工したのち、これを知つた原告から養子の井上正男を通じて被告滑正人に対し工事の中止方を要求したのに、同被告がこれを無視して工事を続行したこと、さらに、原告の申請によつて発せられた建築続行禁止の仮処分も、同被告がこれを被告株式会社天亀の工事である旨申し立てたことから執行不能となるにいたつたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの点から考えると、被告滑正人が甲地上にA建物を建てた行為は、それが堅固建物に当らないからといつて必ずしも、本件甲地の賃貸借契約解除の原因たりえないものではないといわざるをえない。しかしながら一方、<証拠>によると、被告滑正人は昭和三八年一一月中ごろ、甲地上の旧建物を撤去してその跡に軽量鉄骨造三階建の建物を建築しようと考えてその承諾を原告に求めたが、これを拒絶されたような経緯があつたこと、そのため、やむなくこの計画を断念して、あらためて、比較的簡単な構造を有するA建物ならば差し支えないものとして同建物の建築に着手し、完成後これを被告天亀に使用させているものであること、なお、これより先、昭和三五年初ごろに、本件土地のうち乙地の部分に堅固建物であるO建物が被告滑啓一名義で建築されたが、これについては原告においても結局承諾するにいたつたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの事実関係とA建物の構造、規模等とをあわせ総合すると、被告滑正人が甲地上にA建物を建てた行為は本件契約によつて定められた使用方法に従つて甲地を使用したものとはいえないけれども、賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するものとして解除権を発生せしめるに足るほどの用法違反に当るとまで認めることは困難であるといわざるをえないのである。そうすると、これを理由とする原告の本件甲地についての前記賃貸借契約の解除の意思表示は、その効力を生じないものといわなければならない。
三、しかして、被告滑正人が昭和三五年一月ごろ被告滑啓一に乙地を転貸し、被告滑啓一がそのころ右地上にO建物を建築して現にこれを所有していることは当事者間に争いがなく、原告がこれを理由に被告滑正人に対し、乙地についての賃貸借契約解除の意思表示をしたことは同被告においてもこれを明らかに争わないところ、被告滑両名は、右転貸については原告の承諾を得ている旨主張するので案ずるに、<証拠>によると、建築主欄に「滑啓一」建築位置欄に「大阪市北区壼屋町二丁目二七番地の二外三筆」(<証拠>によれば、本件土地の従前地の表示であると認められる)と記載するとともに、右土地に建築することを承諾する旨を記載した昭和三五年一月二六日付の「承諾書」と題する書面が作成されており、その末尾の地主の氏名住所欄に「羽曳野市軽里三五〇井上平兵衛」なる記名と、その名下に「井上」の押印が存在することが認められ、かつ、<証拠>によると、右地主の氏名住所欄は、原告の養子でその代理人である井上正男がこれを記載して押印したものであることが明らかである(記名押印部分については当事者間に争いはない)。しかして、<証拠>によれば、右承諾書は、乙地上にO建物が建築されるに際して、その建築許可申請に必要な書類のうち一通として被告滑正人から右井上正男に対してこれに記名押印してくれるよう依頼し、同人が原告の代理人として記名押印したものであることが認められるのである。もつとも、この点につき井上正男証人は、右承諾書に同人が原告の氏名住所を記入して押印した際には、建築主、その他の欄には未だなんらの記載もなされていなかつたので、被告滑啓一が建築主であることは知らず、被告滑正人が建築主になるものと考えて建築の承諾をしたものである旨供述しているけれども、この点についての被告滑正人の供述は全く異なり、すでに各種の記載を了えた承諾書に地主の記名押印を貰つたとしているのであつて、しかも右各供述はいずれもその裏付けを欠いて、それに相違ないものと断定せしめるに足る根拠に乏しく、その供述だけをとつてみると、いずれを採るべきかをにわかに決することはできないのである。そうだとすると、右のごとき記載内容の承諾書が現に存在する以上、当初よりかかる内容を記載した書面が作成されたものと推認するよりほかなく、したがつて、乙地上に被告滑啓一が建物を建てること、および、その前提となる同被告への乙地の転貸については、原告においてもこれを承諾していたものといわなければならない。
のみならず、<証拠>によれば、被告滑啓一は被告滑正人の息子であるが、当時なんらの定職にも就いていなかつたところから資産もなく、O建物の建築費もすべて被告正人が出捐していることが認められるのであつて、実質的にみればその所有権はむしろ被告正人に属するものであるとも窺われるのである。そうだとすると、かりに被告滑正人から同滑啓一への乙地の転貸が無断転貸であつたとしても、右無断転貸については、当事者間の信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるものというべく(弁論の全趣旨に徴すれば、被告滑両名は予備的にこのような主張をしているものと認められる)、原告はこれを理由に乙地の賃貸借を解除することはできないというべきである。
四、そこでさらに進んで、丙地の無断転貸の主張について考える。
被告亀田浩が昭和二五年ごろ被告滑正人からD建物を買い受けるとともに丙地を同被告から転借したこと、被告亀田が現に右建物を所有して丙地を占有し、被告亀田塗料株式会社が同建物を使用していることは当事者間に争いのないところ、<証拠>中に、右転貸借については口頭で原告の承諾を得ている旨の供述があるけれども、同被告においてただそのような供述を繰り返すのみで確たる裏付はなんら存在しないばかりでなく、<他の証拠>によれば、被告滑正人がD建物を被告亀田浩に売渡して丙地を同被告に転貸したことについては、右転貸当時はもちろん、被告滑正人に対する本訴が提起されてからのちにおいても、原告およびその代理人である前記井上正男においてそのことを知らず、本訴提起後、本件について調停手続が開始されるに及んで、その過程において右転貸借の事実が明らかとなり、あらためて原告から被告亀田浩、同亀田塗料株式会社に対し本件明渡請求訴訟が提起されるにいたつたことが認められるのであつて、右の事実関係からすれば、被告亀田浩への丙地の転貸については、原告の承諾(明示の承諾はもちろん、黙示の承諾も)はなかつたものと認めるのが相当である。
さらに、被告亀田は、被告滑正人に右承諾について原告を代理すべき権限があつたと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はなく、また、同被告がなんらかの事項について原告を代理すべき権限(基本代理権)を有していたことを認めるに足りる証拠も存在しないから、その点において被告亀田の表見代理の主張も理由がないというべきであつて、結局、被告滑正人から被告亀田浩の本件丙地の転貸は無断転貸というよりほかはないといわなければならない。
しかして、<証拠>によれば、本件丙地の面積は29.81平方メートルであつて、全賃貸面積790.64平方メートルのうちわずか3.7パーセント強にすぎない(もつとも、丙地の部分は表通りである国道一号線に面した部分で本件賃貸地の中では比較的価値の高い部分である)ことが認められるけれども、土地の賃貸借契約において、賃借人が賃貸人の承諾なしに賃借権の一部を譲渡した場合でも、それが背信的行為に当らないと認められる特段の事情がないかぎり、賃貸人に対し、当該転貸部分のみならず賃貸地全部について契約を解除することができるものと解すべきところ、被告らは、本件転貸借については右のごとき特段の事情があると主張するので、さらにこの点について検討するに、<証拠>によれば、次のような事実を認めることができる。
(一)、被告滑正人は原告から本件土地を賃借したのち前記のとおり甲地上に製材工場用の建物を建てて製材業を営んでいたが、昭和二四年ごろになつて丙地上にO建物を建て、これを右営業用に使用する心算でいたところ、戦前から同じ町内に居住して懇意にしていた被告亀田塗料の代表者亀田貢からこれを譲つてもらいたい旨の懇請を受けたことから、これに応ずることとし、昭和二五年ごろ右亀田貢の子で被告亀田塗料の使用人であつた被告亀田浩にこれを売り渡した。
(二)、ところで被告滑正人は、本件土地を原告から賃借したのとほぼ同じ時期に、同地の隣接地約二五〇坪、さらに近隣の二ケ所(竜田町と岩井町)に合計一〇〇坪余りの土地を同じく原告から賃借していたものであるが、その後ほどなく右竜田町および岩井町の土地に数戸の建売りの建物を建築したうえ、原告の承諾を得てこれを他に売却し、さらに、本件土地の隣地約二五〇坪については、自己使用の必要がなくなつたためその使用権を放棄するとともに、これをさらに他に他に賃貸するのを斡旋したような事情があり、被告滑正人の賃借したかなり広範囲の土地の一部を同被告以外の第三者が使用するようになつたことについて原告の側に特に異存がなかつたような状況にあつたところから、被告滑正人においても、また、被告亀田浩もしくは被告亀田塗料の代表者においても、O建物を同被告に売り渡して丙地を転貸するについて特に原告の承諾を求めるようなことはしなかつた。
(三)、しかしてその後、O建物は被告亀田塗料において被告亀田浩から賃借して倉庫としてこれを使用し(ただし、看板その他の標示は掲げられなかつた)、その敷地である丙地の賃料は被告亀田浩から被告滑正人に支払つたうえ、さらに被告滑正人から原告に支払つて、これといつた紛争もなく十数年を経過したが、被告滑正人外二名に対する本訴提起後、前認定のとおり、調停手続の過程でO建物がすでに被告亀田浩に売り渡されていることが分り、かくて、あらためて右無断転貸を理由に賃貸借契約の解除がなされるにいたつた。
以上のような事実が認められるのであつて、右の事実関係と、本件丙地が表通りに面した部分に位置するとはいいながら、賃貸地全体のうち3.7パーセント強というきわめて僅少な部分にすぎないことをあわせ考えるならば、被告滑正人から被告亀田浩への丙地の無断転貸については、背信的行為に当らないと認められる特段の事情が存在するものと判断するのが相当というべきであるから、右無断転貸を理由とする丙地のみについての賃貸借契約解除ならびに本件土地全部についての賃貸借契約解除(第二次的主張)は、いずれもその効力を生じないものといわなければならない。
(藤原弘道)